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| ・期日 |
2010年9月23日(木)〜25日(土) |
| ・場所 |
早川尾根、鳳凰三山縦走 |
| ・参加メンバー |
山川単独 |
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| 【9月23日(木)】雨 |
| 自宅発 | :7:55 |
| 甲府 | :11:39-12:00 |
| 広河原 | :13:52-14:25 |
| 北沢峠 長衛荘 | :14:50 |
ひどい雨で中央本線は小淵沢から先で運行見合せ。このため、折角の特急であったが、甲府の2駅ほど手前から待機が続き、入線が大分遅れた。広河原行きのバスは悪天の予想で、乗客がたった3人。これに運転手と車掌。この路線はワンマン運行が出来ないらしい。夜叉神から登るというカップルが降りてしまうとあとは私一人の貸切状態になった。車掌のオバチャンには「広河原から先の道路は通行止めかも」と大分脅された。
雨が激しい。広河原では幾張りもあるバス待ち用テントの中で吹き込む雨を避け、たった一人バスを待った。北沢峠行きのバスがやってくるころ、北岳に登るという3人連れがやってきて、テントの下で雨具をつけ、きょうは広河原の山小屋まで10分だけと雨の中を出発して行った。
北沢峠行きの村営のマイクロバスは定刻通り出発。ここでも乗客は私一人。運転手さんと話が弾む。その昔正月合宿のための荷揚げのときにはスーパー林道を3時間掛けて歩いたが、その同じ道をバスは25分で走ってくれた。
長衛荘はバス停の正面であった。きょうは全く歩かずにここで宿泊する。山小屋前はかつて細道だったが今は広げられてバスが走る。バスが走るようになって初めての北沢峠。昔の記憶とはまったく一致しない。
長衛荘の宿泊客は他に4人連れ1パーティーのみ。彼らは連泊し、天候が許せば北沢峠から甲斐駒、仙丈にピストンとのこと。彼等が2階を占拠、私が1階を占拠して、寒いほど広々した部屋で20時ごろには寝てしまった。
| 【9月24日(金)】曇時々雨 後 本格的な雨 |
| 起床 | :5:45 |
| 長衛荘発 | :6:30 |
| 駒仙小屋 | :6:40 |
| R. | :6:45-50 |
| 仙水小屋 | :7:10 |
| 仙水峠 | :7:42 |
| 森林限界 | :8:12 |
| R. | :8:15-20 |
| 栗沢山 | :8:50-9:00 |
| アサヨ峰 | :9:52-10:10 |
| ミヨシの頭 | :10:39-11:12 |
| 早川尾根の頭 | :12:05 |
| 早川尾根小屋 | :12:09 |
5時に起きるつもりであったが、寝過ごしてしまった。2階の4人組の話によると雨は午前2時ごろには上がっていたとのこと。山小屋の朝食を食べ、霧の中を出発。駒仙小屋、仙水小屋を通り仙水峠を目指す。通る人が少ないのか、昔より道が荒れている気がする。仙水小屋の少し先から登りが緩くなり仙水峠へ。霧というか霧雨というかはっきりしない天気の中、仙水峠に立つ。風があって寒い。摩利支天は全く見えず、休まず栗沢山を目指した。
あまり沢山人が通った感じのしない、侵食の進んでいない道である。どうやら数人の先行者がいるようで、時々雨に当たっていない靴跡が残っている。
森林限界を超え、後を振り返るとガスの中に甲斐駒、摩利支天、駒津峰が見え、写真を撮る。行く手を見上げると、切れ切れのガスの中に栗沢山のピークがあり、人影も見えた。
栗沢山とアサヨ峰の間で先行していた学生風の6,7人パーティーを追い越す。これで雨に濡れたハイマツの露払いは私の役目になってしまった。アサヨ峰から見た早川尾根は東に伸びて乳海に落ち込み、その先で再び姿を現して高嶺、鳳凰三山と続くきれいな墨絵になっていた。
天気が不安なので乳海上の最後のピーク、ミヨシノ頭まで進んでここでお茶を沸かして山小屋の弁当を食べる。段々と乳海の表面がせり上がってきて、北岳にひたひたと打ち寄せる。八ヶ岳は今にも没しそうである。天気は明らかに下り坂。ただ、ここまでくれば後は大丈夫と、ゆっくりと写真を撮り、11時12分ミヨシノ頭を後にした。
早川尾根小屋は早川尾根の頭の三角点からほんの4分。霧雨が降り始めていた。本日一番乗りと思ったが、これは間違いなかったものの小屋泊りの人はその後現れず、私一人の宿泊となった。幕営の人は追い抜いてきた学生さんパーティーが50分遅れで到着したほか午後遅くなってもう1パーティーが到着。両パーティーとも雨の中でテントを設営した。
 (栗沢山への登路、森林限界少し上から駒津峰、甲斐駒、摩利支天を望む。)
 (栗沢山から甲斐駒を望む。 摩利支天右の肩に八ヶ岳。駒津峰の左奥は鋸岳。 今抜けてきた雲海が足下に見える。)
 (アサヨ峰から東に伸びる早川尾根を望む。 雲海手前のピークがミヨシの頭。 その先広河原峠、白鳳峠が雲に沈み、再び高度を上げて高嶺と鳳凰三山。 遠方に富士山。)
 (ミヨシノ頭から北岳)
 (ミヨシノ頭から八ヶ岳)
 (幕営地から早川尾根小屋。 以前のカラマツ丸太の外壁は一部小屋内の壁として保存されていた。)
| 【9月25日(土)】霧雨時々雨 後 晴 |
| 起床 | :4:45 |
| 早川小屋発 | :5:45 |
| 広河原峠 | :6:07 |
| 赤薙沢ノ頭 | :6:46 |
| 白鳳峠 | :6:59-7:05 |
| 高嶺 | :7:58-8:02 |
| 赤抜沢ノ頭 | :8:37-50 |
| 観音岳 | :9:40-10:10 |
| 薬師岳 | :10:38-55 |
| R. | :12:28-40 |
| 青木鉱泉 | :13:53-15:00 |
| 韮崎 | :15:43-16:30 |
| 横浜 | :18:41-50 |
| 金沢文庫 | :19:08-20:52 |
| 自宅 | :21:10 |
早川尾根小屋では厚手の毛布を3枚貸してくれたが、寝付くまで体が震えた。テントの中はさらに冷え込んだはずだ。朝起きると雨の音が止んでいた。山小屋のご主人は「霧雨程度」という。うれしい。
ヘッドランプが要らない程度に明るくなった5時45分、お世話になったお礼を言い山小屋を出発。レインギア上下を着込み、ロングスパッツも着けた。白鳳峠までゆっくりと歩く。白鳳峠からは高嶺まで長い登りになるので、レインギアの上着を脱いだ。なるべく雨に濡れた木の枝を避けて登るが、それでも木の枝をまったく体に触れさせないということは不可能で、濡れたシャツが腕に貼り付いた。おまけに時々大粒の雨が降る。少し寒いが、この季節、まだ「汗より雨がいい」と思う。
高嶺の頂上までは400メートル前後の登り。最後は岩場が続く。頂上で先行していた学生さんたちのパーティーを抜く。赤抜沢ノ頭との鞍部まで下ると岩や砂礫は全く鳳凰三山のものとなり、靴底が気持ちよく花崗岩の砂礫に馴染んでくれる。この辺り一面、霧雨が木に凍り付いて風が吹くとパラパラと氷が落ちてくる。見事に凍り付いているので写真に撮った。
赤抜沢ノ頭。ここから先の稜線は昔歩いたことがある。しかし、42年前だ。当時19歳。私の記憶だと観音岳にも薬師岳にもすぐに着いてしまったように思っていたのだが、今回歩いてみると観音岳まで50分掛かった。濃いガスが掛かり、風もあり、時折大粒の雨が落ちてくるので、レインギアの上着のフードを被った。
ところがである。観音岳の頂上が霧の中に見え隠れするようになるくらい近くまでたどり着いたとき、一挙に霧が晴れた。舞台の幕が上がったような変化だ。晴れさえすれば、ここからは白峰三山、仙丈岳が目の前に見える。先ほど通ってきた赤抜沢ノ頭やその向こうの地蔵のオベリスクはまだガスの中だが、稜線伝いに逆方向に目を向けると薬師岳が見えるし、冠雪した富士山が見える(初冠雪だったようだ)。頂上近辺の紅葉もきれいだ。
観音岳山頂の岩の陰で風をよけながらリンゴを1個食べ、薬師岳へ。途中の鞍部であまりにも北岳とバットレスがきれいに見えるので立ち止まって見入る。写真も撮った。
薬師岳山頂で再度北岳に見入る。ひたすら景色を見た。ここから中道を通って青木鉱泉に下ってしまうので、北岳も仙丈岳もここで見納めだ。
青木鉱泉までは1600メートルの下り。ほぼ3時間掛かって14時少し前に到着することが出来た。
 (赤抜沢ノ頭の手前にて。霧雨が木の枝や葉に凍り付いていた。)
 (観音岳山頂からまだガスの掛かった赤抜沢ノ頭と地蔵のオベリスク方面を望む。)
 (観音岳山頂の紅葉)
 (観音岳山頂の紅葉2)
 (観音岳山頂から薬師岳を望む。雲海から顔を出した富士山は初冠雪していた。)
 (観音、薬師の鞍部から北岳、間ノ岳、農鳥岳)
 (鞍部から薬師岳山頂を望む。)
 (薬師岳山頂から観音岳を望む。)
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